
冷静さの奥に潜む、確かな自信。「自分がやってきたことを発揮するだけ、『去年と変わった』と 思わせるために」ーー木村壮宏 【UNSTOPPABLES】#3
2025年3月14日
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「あまり個性とか考えていないです。評価するのは他人なので」
「よくあるじゃないですか。『ぐわーっ』って成長できる瞬間。でも『そんな簡単にうまくいかんやろ』と思うタイプなんです」
熱く、派手な言葉を並べる選手も多い中、木村はその真逆だ。だが、この冷静で低温な姿勢こそが、彼の独自の色であり、最強の武器であることを、ここで断言したい。
木村壮宏の存在感は圧倒的だ。絶えず味方を鼓舞し、ここぞという場面で決定機を阻み、幾度もチームを救ってきた。その姿勢は試合でも練習でも一貫している。きっと取材でも熱い言葉が飛び出すのだろうーーそう思っていた予想は、いとも簡単に覆された。「その瞬間が悔しかっただけで、何でもすぐに忘れちゃうんですよ」とあっさり答える。ピッチ上で見せる堂々とした佇まいとは対照的に、その反応は新鮮であり、終始考え込む様子が印象的だった。
【UNSTOPPABLES~止められない奴ら~】
昨シーズン、関東2部への昇格を決めたSHIBUYA CITY FC。その栄光の背後には、ただの勝利以上のものが隠されていた。選手たちの揺るぎない自信と勢いは、彼らの人生に深く刻まれた歩みから来ている。勝利への執念、それを支える信条。止まることを知らない、彼らの真の姿が、今明らかになる。
彼の眼には常に現実が映っている。理想を追い求めるのではなく、手にするべき結果を積み上げていく覚悟。第3回は木村壮宏の冷静な言葉の奥に潜む、数々の苦難と確かな信念に迫る。
木村 壮宏(きむら まさひろ)/ GK
東京都渋谷区出身。1999年2月2日生まれ。184cm、84kg。渋谷東部JFCからFC渋谷で育ち、幼い頃から渋谷の街とともに歩んできた。地元で培ったスキルを武器に、高校は鹿島学園へ進学。3年時には副キャプテンとしてチームを牽引した。鹿屋体育大学に進学後、1年時から総理大臣杯のメンバーに名を重ね、全国大会のインカレの舞台でも確かな結果を残す。卒業後はFCティアモ枚方(JFL)に入団。2024シーズンよりSHIBUYA CITY FCに加入。どんな状況でも揺るがない冷静さと、圧倒的な勝負強さが持ち味。
覇気ある姿に潜む、幾度もの挫折と選択
両親譲りの長身を武器に、幼い頃はフィールドプレイヤーとしてプレーしていた木村。転機が訪れたのは小学3年時。大会で偶然任されたキーパーというポジション。何気ない采配のはずだったが、その偶然が予想以上の好調ぶりを見せ、とんとん拍子でチームは勝ち進む。それが全ての始まりだった。
反対に、中学時代は決して恵まれた環境ではなかった。所属したチームは強豪ではなく、勝ち進むこともままならない。だが、そこで得たものは結果以上に価値があった。
「キーパーコーチや監督が考えを押し付けることなく、自由にプレーをさせてくれる指導の仕方でした。そこから主体的に考える力を養うことができました」
厳しい指導のもとで成長する選手もいれば、自分自身で考え、試行錯誤することで飛躍する選手もいる。木村の場合は後者だった。与えられたものではなく、自らサッカーの面白さを見出し、力を積み重ねていった。
サッカーを続ける中で、ふと湧いた疑問。自分はどこまで通用するのか。その力を確かめたくなり、高校は県外の強豪、鹿島学園へ飛び込んだ。選りすぐりの猛者たちが集まる中で、木村は挑戦を続けた。高校3年時は副キャプテンを務め、インターハイベスト16、選手権ベスト32。結果としては上々だったが、もっと先へ進めたのではないかという思いは拭えなかった。大学に進学後、インカレでは全国大会に出場。チームとしてまとまっていた自信はあったが、勝ち上がることはできなかった。
「通用した部分もありましたが、やっぱりこのやり方では良くなかったかなという後悔もあります。同じチームでもう1回挑戦したいですね」と、どこか寂し気に未練を漏らした。
そして迎えた最終学年。サッカー人生の集大成として覚悟していたシーズン。しかし、木村を襲ったのは無常にも怪我だった。思うようにプレーできず、悔しさを胸にシーズンを終えた木村。ここで終えるか、それとも続けるか。心の中で2つの選択が渦巻く。
「やっぱり、サッカーを続けたい気持ちを捨てることができない」
そんな葛藤の中で手を差し伸べたのが、ヴィッセル神戸などで活躍した田中英雄だった。同じ鹿屋体育大学のOBでもある田中の紹介で、JFLのティアモ枚方に入団した。1年目は順調なスタートを切り、多くの試合に出場。しかし再び怪我が彼を襲い、翌年はほとんど試合に絡めず、苦しい時間を過ごした。
「怪我をしたことも悔しかったですが、自分のやり方にこだわるタイプだったので、コーチとのコミュニケーションがうまく取れなかったことは大きな反省点です。また、いろんなことにトライしすぎて、ミスが増えたことも課題かなと。悔しい年でしたが、良い経験になりました」そう語る表情には、自分の弱さと向き合い、そこから得た自信が滲み出ていた。
燃え尽きるか、もう一度火を灯すか。過去の挫折を糧に、新たな挑戦の場に選んだのは、SHIBUYA CITY FC。渋谷区出身であること、そして大学時代の後輩・水野智大が所属していたことで、もともとチームの存在は知っていた。水野とはプライベートでも頻繁に会う関係性で、昨年は多くの時間を共に過ごしたという。
「ティアモで契約満了になりメンタル的にも落ち込んでいて、本当にサッカーを続けたいのか不安な時期を過ごしていました。そこで、仕事もサッカーも上手く両立できるCITYに魅力を感じ加入を決めました。ただ、始めてみたらやっぱりサッカー選手として上を目指したい気持ちが戻ってきたんです」

最初は深い決め手があったわけではない。だが、いつしか向上心とこのクラブをもっと盛り上げたいという愛が芽生えてきた。クラブの魅力を問うと、彼は一瞬考え込んだ。
「なんだろうな、いいところ……。いや、ありますよ!(笑)」
冗談を交えながらも、言葉の端々にチームへの想いが滲む。
「話し合いができる人が多いかなと思います。社長や監督、上下の関係はありながらも、話し合いながら自分たちで進んでいける集団だなと思います」
多くは語らないが、その眼差しに漂うのは静かな温かさと穏やかさ。強烈な個が集いながら、同じ方向を向くチームという存在に真摯に向き合ってきた木村。次第に”闘う理由”が変わり、仲間と共に築く絆が、彼の心を強く突き動かすようになっていった。
過去を振り返る時間は少なくとも、彼の背中を押し続ける、積み重ねてきた経験と幾度もの選択がそこにはあった。
勝利のために削ぎ落とすもの
そして迎えた昨シーズン、自らに課した目標は全試合出場、総失点8点以下。その結果をどう評価するのか。
「チームとして昇格できたことはよかったです。全試合出場という目標に関して、コンスタントにパフォーマンスを出し続けることを意識していました。ただ個人としては、後半戦は試合にあまり絡めなかったので悔しいシーズンだったかなと。そこが達成できなかったのはシンプルに力不足です」
一方で総失点に関しては「あまり意識していません。『気づいたらそのぐらい失点してたか』という感覚です」と意外にもあっさりとした振り返りだった。
木村にとって重要なのは数字ではない。チームの勝利のために、自分がどこまで貢献できるか。そのために、ピッチ内外でのコミュニケーションが不可欠だと考えている。
「自分の考えや思いを押し付けてしまうコミュニケーションが去年は多かった。なので今年こそは仲間の考えていることも意識して、阿吽の呼吸でプレーできるように準備していきたいです」
自分のスタイルを無理に押し通すのではなく、周囲との調和を大切にする。そんな姿勢が、彼の成長を加速させる。

現在、チームにはGKが木村を含め3人。ポジションを争う存在でありながら、互いを支え合う関係でもある。
「みんな自己主張ができるのでやりやすさはあります。ですが、それができなくなったときに雰囲気が悪くなることがあるので、コミュニケーションを取りつつ、同じ目標に向かっていきたい。意見を持つこと自体はいいことだと思うので」
GKとして同じポジションを争う中で、いかにして自分らしさを発揮するか。多くの選手が明確な「武器」を意識するが、木村の考えは少し違う。
「あまり個性とか考えていないです。評価するのは他人なので、自分がやってきたことをきちんと発揮するだけ。結果として強みが出てることはあっても、自分から出そうとすると変に空回りしちゃうので」
自分の色を出すことに焦点を当てるのではなく、常に冷静沈着であること。そして準備してきたことを遂行する。それこそが木村のシンプルで無駄のない思考法だ。
「勝てると思った瞬間、人は調子に乗る。だから余計なことは何も考えないようにしてます。『止めれた、あ、無失点だ』ぐらいの感覚で十分です」
気持ちの昂りは、プレーには関係ない。感情を過剰に乗せることはなく、冷静に淡々とこなしていく。その姿勢こそが、彼の強さの源だ。
過信しないリアリズム
SHIBUYA CITY FCに身を投じて1年、その足跡は確かなものだった。成長の過程を語る言葉の奥には、どこか冷徹な視点が浮かび上がる。
「よくあるじゃないですか。『ぐわーっ』って成長できる瞬間。でも僕は『いや、そんなわけないだろ、そんな簡単にうまくいかんやろ』と思うタイプなんです」
まるで階段を一気に飛ばして駆け上がるような成長の実感。それを感じる選手もいるかもしれない。だが木村にとって、それはどこか曖昧で信用ならないものだった。彼が求めるのは、そんな華やかな瞬間ではない。練習を積み重ね、反省し、誰かと語り合い、気づきを得る。それは一見、ごく普通の作業に見えるかもしれないが、彼にとっては一番の成長材料であり、堅実な道筋だ。
「なんだろう……。『ぐっ』ときたっていうよりかは、『じわー』っと成長してきたのかなと。少しずつ進まないと不安になるタイプなんです。なので、1つずつ積み上げていく。それが自分のスタイルです」
「急速な成長」というものは不確かなもの。だからこそ、焦らず、確実に。その一歩がどれだけ小さくても、自らの成長を実感できることが何より大事だ。それが彼の信条であり、その奥には確固たる基準がある。
「基本的に自分に自信があるときはないです。自信に満ち溢れている場合って、今はそう感じているだけで、どこかに自分の足りないところや、気づいていない駄目な部分があると思うから。自分が完全な状態であると錯覚しているだけで、人は常に完全な状態でいられる方が少ない気がします」
木村は自己満足や慢心というものに無縁だ。彼が語る言葉には、リアリズムを貫く思考が漂う。常に自分を疑い、決して向上心を失わない。

謙遜をしている素振りでもなく、あまりにも淡々と語る冷静さに驚くと、彼はさらりと言った。
「だって、それが事実だから」
派手な言葉や大きな目標を掲げるわけではない。ただ、確実に自分の足元を固め、前へ進む。その先に木村の目指す未来がある。
責務を全うする、静かなる激情
冷静さが彼の持ち味なのかと思う反面、彼の言葉にはひしひしと熱が感じられる。木村が辿るその道の先に、果たして”頂点”は存在するのだろうか。
「本当に考えたことがないです。人生の最後を振り返ったら見えてくるのかな……。目指しているものはありますが、それが頂点ではない。達成したら、また次が待っている。だから『登り切った』感覚はないです」
頂点ーーそれは木村にとって、単なる通過点に過ぎない。彼にとって成功とは一瞬のもの、一喜一憂することなく、次のステップへ進み続けることが大事なのだ。
「今シーズンは、より結果にこだわりたい。単発的な成果ではなくて、ずっと高いレベルを保ち続けたい。試合にもっと出ることにこだわりたいし、自分の中でトライしたいものがありますが、あまりそれは言いたくない(笑)。周りの人が、『去年と変わったよね』と変化に気づいてくれたら、自分の中でいいシーズンだったと思えます」
”保ち続ける”ことが現状維持のように見えるかもしれないが、木村にとって進化とは静かに積み上げていくもの。熱く語ることなく、ただ「今年はこうしたい」と冷静に語るその姿が、彼の確固たる信念を物語っている。そしてその言葉の先には、はっきりとこう放った。
「でもやっぱりもう1つ高いレベルに行くには、自分が何かを変えていきたい」
そう言う彼の声は、決して熱くはならない。静かで、冷静で、何一つブレない。だが、言葉の奥底には、揺るぎない自信が静かに息づいている。ゴールを守るーーその責務を果たすだけ。そして、どんな状況下でもそれを実行する。

木村壮宏は、今日もゴールに立つ。決して驕ることも、過信することもない。今までの軌跡を信じ、静かに熱を灯し続けながら。
取材・文 :西元 舞
写真 :福冨 倖希
企画・構成:斎藤 兼、畑間 直英
SHIBUYA CITY FC
渋谷からJリーグを目指すサッカークラブ。「PLAYNEW & SCRAMBLE」を理念に掲げ、渋谷の多様性を活かした新しく遊び心のあるピッチ内外の活動で、これまでにないクリエイティブなサッカークラブ創りを標榜している。
渋谷駅周辺6会場をジャックした都市型サッカーフェス「FOOTBALL JAM」や官民共同の地域貢献オープンイノベーションプロジェクト「渋谷をつなげる30人」の主宰、千駄ヶ谷コミュニティセンターの指定管理事業など、渋谷区での地域事業活動も多く実施している。
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