
選手として、父として。見られる過去より、魅せたい現在地ーー渡邉千真【UNSTOPPABLES】 #10
2025年5月10日
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「一選手としてどう振る舞うか、プレーをするかというところで、今の自分で勝負したい。周りがどう思ってるかはわからないですけど、”今”の選手としての魅せ方を大事にしたいです」
昨シーズン、渋谷に加入した渡邉千真。もはや、彼の経歴や実績については詳しく語る必要はない。元日本代表であり、数々のJリーグクラブで点を重ねてきた男が、当時東京都1部の渋谷という舞台を選んだーーその事実だけで、サッカー界には一つのニュースが生まれた。だが、彼は過去の実績にすがることをよしとはしない。自分がこの場所で、何を示せるか。その一点にすべてを懸ける、それが彼の今だ。
【UNSTOPPABLES~止められない奴ら~】
昨シーズン、関東2部への昇格を決めたSHIBUYA CITY FC。その栄光の背後には、勝利以上のものが隠されていた。選手たちの揺るぎない自信と勢いは、彼らの人生に深く刻まれた歩みから来ている。勝利への執念、それを支える信条。止まることを知らない、彼らの真の姿が、今明らかになる。
第10回はSHIBUYA CITY FCの選手として、そして家族を支える柱として生きる渡邉千真。ピッチと日常、そのリアルを掘り下げる。
渡邉 千真(わたなべ かずま)/ FW
1986年8月10日生まれ。長崎県出身。国見高校から早稲田大学に進学し、卒業後は横浜F・マリノスへ加入。ルーキーイヤーながら開幕スタメンを飾り、J1リーグで13得点を記録してJリーグ新人王を受賞。以降、ヴィッセル神戸、ガンバ大阪、横浜FC、松本山雅FCと渡り歩き、いずれのクラブでも得点源として活躍。2017年にはJ1全試合出場、2020年には通算100得点を記録するなど、長く第一線でプレーを続けてきた。そして2024年、SHIBUYA CITY FCに加入。多彩で精度の高いシュートを武器とし、どんな形からでもゴールを狙うストライカー。
対等に、真剣に、そして自然体で
昨シーズン、渡邉千真は新たなステージとして渋谷を選んだ。きっかけは、かつて横浜F・マリノスでともにプレーをした田中裕介スポーツダイレクターの存在だった。クラブ未定の中で相談に乗ってもらううちに、渋谷という選択肢が浮き上がったのだという。
「サッカーを辞める選択もあったし、正直最初はどうしようかと迷っていた」と語る。それでも心の奥に残っていたサッカーへの情熱と、もう一つの理由ーー「家から近い」というシンプルで、しかし彼にとっては大きな意味を持つ要素が、渋谷という選択を後押しした。
「地方のクラブに単身で移っていた頃とは違って、家族の存在が身近に感じられる。通える場所にあるクラブというのは、自分にとってすごく大きかったんです」

そんな渡邉も、今季で渋谷2年目。チーム最年長となった今も、年下の仲間たちと過ごす時間は実に楽しげだ。和気藹々とした雰囲気の中で、彼の笑顔は絶えない。
「今年は、Jリーグでやってた選手が何人か入ってきて、上のカテゴリーでの経験をもつ選手が増えました。それは去年との違いの一つですよね。マスさんは今年のチームを"大人のチーム"と表現しましたが、年齢的にも雰囲気的にもむしろ去年より若返った感じがします。……まあ、自分が年を取りすぎているだけなんですけど(笑)」
そう冗談めかしつつも、「(山出)旭とか(鈴木)友也とか、騒がしいメンバーもいるので、雰囲気自体はそこまで変わらないですね。スタッフも顔ぶれは一緒ですし。選手は多少入れ替わったけど、全体としてはいつもの感じです」と、居心地の良さを語った。
そして特に親しくしているのが、13歳年下の植松亮だ。
「亮はね、やっぱ可愛いっすね。あいつ、年上に入り込むのがうまいんです。『千真さん!』とか言って自然に寄ってくる後輩って、僕可愛がっちゃうタイプなので(笑)僕はあまり自分からグイグイ行けないので、下の子がどんどん積極的に来てくれる方が、可愛がりやすいというか。ご飯行くぞって急に誘っても、あいつはちゃんと来てくれるし。だからプライベートではよくいろんなところに連れて行っています」
そしてもう一人、ゴールキーパーのツミこと、積田景介も、渡邉にとって気の置けない存在だ。
「ツミもね、美容院が一緒なんですよ。去年在籍していた宮崎幾笑の紹介で、渋谷の美容院に通い始めました。俺とツミはいつもそこでお世話になっていて。美容院に行くときはだいたい一緒なので、その後にランチしたりお茶したり。この前のオフも、美容院に行ってから一緒にお茶しましたよ。だから"美容院仲間”ってやつです(笑)」
そんなふうに後輩たちとの関係も軽やかに楽しむ一方で、ひとたびピッチに立てば話は別だ。
「最年長ってことで、周りを見て声をかけたり、チームを引っ張ることを求められることが多いです。自分も、そういう立ち振る舞いをしないといけないのかなって思うときもある。でもやっぱり、まずは一選手として、試合に出て自分をもっと出して、若い選手たちと競争したい気持ちが強いです。だから最年長っていうのには、あまりこだわっていないですね。選手として評価されたい、それが一番にあります」
もちろん、事実として最年長であることに変わりない。ただ、だからといって無理に声を張り上げたり、背中で引っ張ろうと気負うことはない。自然体のまま、自分のスタイルでチームに立つーーその姿勢が、また信頼を生んでいる。
「このクラブの選手たちって、本当にしっかりしてるんですよ。Jにいた頃より、社会性があるというか。みんな大人だし、仕事をしながらプレーしている選手が多いから、自分たちでチームを良くしようっていう意識がすごく高い。だから俺があれこれ言わなくても、自然とまとまっていきます」
年齢にこだわることなく、上下ではなく、あくまで"選手同士"として対等に、そして真剣に向き合う。それが、今の渡邉千真のスタンスだ。
「最年長だからって威張るつもりもないし、みんなとはフランクに仲良く話したい。そうやっていい距離感で、でもしっかり競い合っていきたいです」

教えることが育てる、伝える力
そんな環境の中で、自分自身のサッカーとの向き合い方にも、少しずつ変化が生まれてきた。
「練習や試合への取り組み方だったり、自分の中にあるサッカーに対しての模型みたいなものは、これまでとそんなに変わっていないです。ただみんなが、仕事にもサッカーにも100%で注いでいる姿を見ると、本当に刺激をもらえます。
昼ご飯を食べたらすぐに職場へ向かって、13時からもう働いているじゃないですか。Jとか上のカテゴリーの選手だったら、その時間をケアに使ったり、体を休めたりできるけど、みんなはそれを削ってでも、当たり前のように詰め詰めのスケジュールをこなしている。そういう姿を見ると、ただただすごいなと思います」

だが、渡邉自身も負けじとピッチ外での経験を着実に積んでいる。
「自分も今はサッカーだけじゃなくて、サッカースクールの仕事にも関わらせてもらっています。今年は毎週、水曜と木曜にスクールが入っていて、今日も16時から18時に、渋谷からの紹介である、FCトリプレッタの新2年生を見るんですよ。他にも月に2回くらい、火曜にも別のスクールで指導をしています」
ピッチの中だけで完結しない学び。子どもたちと向き合う日々は、現役選手としての視点とは異なる角度から、サッカーというスポーツの奥行きを教えてくれる。
「プレーヤーとしてだけじゃなくて、指導面の部分でも経験をさせてもらっていることが、自分にとってすごく大きくて。去年から本当に、自分の幅が広がっているのを実感しています。少しずつ社会に出るなかで、人間的な部分というか社会性みたいなものも、この歳になってですけど、ようやく身についてきたかなと思います」
とはいえ、その仕事も簡単ではないようだ。
「やっぱり教えるのって難しいですね。子ども相手ってなると、どうやって言葉にして伝えるかっていうのが大事で。自分が経験してきたことをどう上手く言語化するかというのは、今でも苦戦しています。自分なりに見せながら教えたりとか少しずつ工夫しています」

ピッチの中では当たり前だった動きも、教えるとなれば別の力が求められる。
「小さい子にわかりやすく伝えるのって本当に難しい。そういう言葉遣いって、やっぱり実際に経験してみないとわからない。今まではプレイヤーとして、自分のプレーを見せればよかった。でも今は、それを話して伝える。そういう機会ってなかなかないですし、自分にとってもすごくいい勉強になっています。本当にありがたい経験をさせてもらっていますね」
教えることで、再びサッカーから学んでいる自分に気づく。指導を通じて、プレーヤーとしてだけでなく、人としても成長を遂げている。それこそが、今の彼をつくる大事な一部なのだろう。
自分よりも大切な存在
そんな渡邉にも、もうひとつの顔がある。
「休みの日はもう、何か趣味をするというより完全に子どもの習い事の送り迎えをしていますね」
今年8歳と3歳になる二人の愛娘の父親でもあるのだ。まだまだ手のかかる年齢だが、だからこそ、その存在は何よりも愛おしい。
温厚な性格の渡邉のことだ。きっと相当溺愛しているのだろうーーそう聞くと、やはり返ってきたのはなんだか嬉しそうな答えだった。
「いやもう、可愛すぎです。でも娘たちからは『パパは嫌!』って言われます(笑)そうやって、たまにイヤイヤ期が来ますね」
筆者自身もふと、自分が幼い頃、どちらかと言えば父よりも母に懐いていた記憶がよみがえった。それを伝えると、渡邉はまた一つ共感の笑みを浮かべて、こう続けた。
「パパ嫌でしたか?(笑)結局、みんなママが好きでしょ。だから自分も、完全に嫌われないようにうまく頑張らないといけないですね」
そう何かと忙しなく過ごす渡邉だが、ピッチを離れた静かな時間のなかで、自分自身の「これから」について考えることがある。
「考えたくないって思うときもあるんですけど、やっぱり考えちゃうんですよね。そういう時間になると、いろいろ」
あまり目を向けたくはないが、選手としての寿命は確実に近づいてくる。
「サッカーやめたら何か変わるのかな?なんかわかんないよね。セカンドキャリアをどうしようとか、40代にどうなっているんだろうって、いつも先のことを考えてるときもある。ずっとサッカーだけで生きてきたから、サッカーから離れる未来が想像つかない。でももう、そういう時期になってくるよね」
それは虚勢でも理想でもない、渡邉がいま抱えている等身大のリアルな声だった。
「でも結局一番大事なのは子どもたちが幸せでいることです」
ピッチの上で全力を尽くす日々の先にある未来を常に見据えている。しかしその一方で、サッカー選手としてのキャリア以上に、もっと懸けたい、捧げたいと思える存在がいる。
「子ども2人には不自由かけたくない。もうただそれだけです」

年齢的にも、残されたキャリアは決して長くはない。それでも、まだまだ彼のプレーを見ていたい。そう思わせる男だ。だからこそ、その想いをぶつけてみたーー選手としての目標はもうないのか、と。
「自分ですか?自分はもう、別にいいんです」
目標がまったくないとは思えない。口にしないだけで、胸の奥にはまだ燃える何かがあるはずだ。それでも彼が言葉にしないのは、きっと、彼の現在地が自分ではなく"誰かのため"にあるからだろう。
父として、家族を支える柱として。プレーヤーとしてだけではない、自分にしか果たせない役割が今の彼にはあるのだ。
揺れる心と揺るがない情熱
そんな葛藤の中でも、渡邉はすでに"その先"を模索している。前述の通り、スクールの仕事にも携わり、子どもたちと向き合う日々を送っている。指導者として、そしてサッカー界の次の担い手として、その姿はたやすく想像がつく。
「それもめっちゃ悩んでいるんです。でもこれだけサッカー界で生きてきたなら、やっぱり何かを残していきたいという思いはあります」
とはいえ、どこに行こうとも、未だに周囲からは「元日本代表」という肩書きが先行してしまうことも少なくないと思うがーーそう水を向けると、彼の返答はあくまで冷静だった。
「だとは思いますけど。肩書きはもう過去のことなので。一選手としてどう振る舞うか、プレーをするかというところで、今の自分で勝負したい。周りがどう思ってるかはわからないですけど、自分の中では意識してないし、”今”の選手としての魅せ方を大事にしたいですね」
そう語る彼の視線は、しっかりと今いる場所に向いている。
「今のところは、あまり他(のチーム)でやりたいっていう気持ちはないです。渋谷は、ここで何かを残したいとか、ここで上がりたいとかっていう選手が多いので。そういう選手が多ければ多いほどチームは強くなるんだと思います。去年もほとんどがそんな選手ばかりだったので、関東昇格が果たせました」

そう続けた渡邉は、今のチームに対してこう語る。
「ピッチに立ったらプレーするのは自分たち。だから監督の指示や言われたことを表現することに加えて、もっと自分たちで判断して、柔軟に考えて動く必要があるなと思います」
そして、動くべきなのは周りのチームメイトだけではない。自らに対してもストイックな姿勢を崩さない。
「年齢がどうとか、最年長だからって、練習を休むなんて考えていないです。そこを休んだら、俺はもう終わりだと思ってる。ピッチに立ったら年齢なんて関係なく、若手以上に最後まで走り切りたい。そこには強くこだわっています。もちろん足が痛ければ休みますけど、怪我がなければ、最後の笛がなるまでピッチに立ち続けたいです」
年齢を理由に立ち止まることなく、むしろその積み重ねてきた時間を、今のプレーで証明していく。その背中は、確実に若い選手たちの指標になっているはずだ。
そして最後は、今までの真面目な雰囲気とは一転、いたずらっぽく笑ってみせた。
「だから出場時間をもう少し増やしたいです。毎試合15分以上は出場したい」
照れ隠しのように放たれた言葉の奥に、隠しきれない本音が覗く。プレーへの情熱も、ピッチに立ち続けたいという渇望も、どれもまだ色褪せていない。

彼が歩む道の先に、どんな未来が広がっているのかは、まだ誰にもわからない。だが、今の彼の人生の中心にはサッカーと、家族、そして渋谷の仲間がいる。そのすべてが交わる現在地こそが、渡邉千真のまだまだ止まらない理由だ。
取材・文 :西元 舞
写真 :福冨 倖希
企画・構成:斎藤 兼、畑間 直英
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SHIBUYA CITY FC
渋谷からJリーグを目指すサッカークラブ。「PLAYNEW & SCRAMBLE」を理念に掲げ、渋谷の多様性を活かした新しく遊び心のあるピッチ内外の活動で、これまでにないクリエイティブなサッカークラブ創りを標榜している。
渋谷駅周辺6会場をジャックした都市型サッカーフェス「FOOTBALL JAM」や官民共同の地域貢献オープンイノベーションプロジェクト「渋谷をつなげる30人」の主宰、千駄ヶ谷コミュニティセンターの指定管理事業など、渋谷区での地域事業活動も多く実施している。
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