
人生を変える覚悟を胸に。背番号10を背負う 渋谷のニューヒーロー「まだまだこれから」ーー宮川瑞希 【UNSTOPPABLES】 #26
2025年9月20日
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「だんだん丸くなってきていると思います。もう社会人なので、いまでもそんなことしてたらやばいじゃないですか。だからもう大丈夫です」
かつての同期からは問題児と評される一方、子供たちと接するときには穏やかな一面もある。取材で向き合えば、物腰の柔らかさも印象的だ。
そんな多面性を持つ男が、この夏、渋谷にやって来た。加入直後から結果で応えてみせ、背番号10として存在感を示す。宮川瑞希はいま、新天地でどんな覚悟を胸に秘めているのだろうか。
【UNSTOPPABLES~止められない奴ら~】
昨シーズン、関東2部への昇格を決めたSHIBUYA CITY FC。その栄光の背後には、ただの勝利以上のものが隠されていた。選手たちの揺るぎない自信と勢いは、彼らの人生に深く刻まれた歩みから来ている。勝利への執念、それを支える信条。止まることを知らない、彼らの真の姿が、今明らかになる。
第26回は、新加入にして背番号10を託された男・宮川瑞希。新天地での覚悟とそのいくつもの素顔に迫る。
宮川瑞希(みやがわ・みずき)/ FW
1998年7月5日生まれ。山梨県南アルプス市出身。167cm、62kg。フォルトゥナSCジュニアから同ジュニアユースを経て、高校はヴァンフォーレ甲府ユースでプレー。その後は関東学院大学に進学。卒業後はアローレ八王子に加入し、2022年にはリーグ得点王に輝いた。翌年、厚木はやぶさFCに加入し、昨年はリーグベストイレブンに選出。今年8月より、SHIBUYA CITY FCに完全移籍で加入。切れ味鋭いドリブルで相手を翻弄し、プレースキッカーとしても精度の高いクロスも供給。アシスト面でも存在感を発揮し、得点感覚に優れるアタッカー。
今年、必ず昇格するために
2025年8月、関東2部リーグに所属する厚木はやぶさFC(以下、はやぶさ)から、渋谷に完全移籍で加入した宮川瑞希。
今季第8節のはやぶさとの対戦では、渋谷が2-1で勝利を収めたものの、後半に1点を返したのが宮川だった。鋭い個人技から生まれたその一撃は、対戦相手である渋谷に強い印象を残した。そんな彼をシーズン途中に迎え入れられたことは、クラブにとって大きな起爆剤となった。
しかし、なぜこの時期に同カテゴリーである渋谷を移籍先に選んだのか。そこには彼なりの強い意志があった。
「今季こそ昇格を」と強い思いで臨んでいた宮川にとって、今季のはやぶさの不振は大きな焦りとなっていた。シーズン半ば、昇格が厳しい状況に追い込まれたタイミングで、渋谷からのオファーが届く。
しかし、移籍の実現までは思いのほか時間を要した。「同じリーグからの移籍だったし、行きたいと言えばすんなり決まると思っていた」と驚いたという。
さらに7月末のEDO ALL UNITED戦では出場時間がわずか10分にとどまり、悔しい思いが一層強まっていった。

渋谷からのオファーを受けてから移籍が正式に決まるまでの約3週間は、心が揺れ動いた日々だった。はやぶさの一員として最後まで責任を果たさなければと自らを奮い立たせながらも、心の奥では「移籍はどうなるのか」と、どこか落ち着かない気持ちもあった。
クラブはもちろん、サポーターも自分を必要としてくれている。その実感があるからこそ、このタイミングでの移籍が果たして受け入れてもらえるのか。迷いと葛藤は大きく、選手として初めて味わう感覚に戸惑いを隠せなかった。
そんななかで渋谷からの返答期限が迫り、最後まで諦めることなく頼み込み、移籍が実現した。
「サポーターには応援してもらいたい気持ちもありつつ、申し訳ない気持ちもありました。でも渋谷は昇格圏内だし、同期だった(鈴木)友也たちもいる。自分の夢のために渋谷を選んだ方が、人生が変わると思ったので決断しました」

移籍発表に際して、宮川自身が綴ったリリース文にはこう記されていた。
「(はやぶさでの)2年半いろんな思いをし、幸せなことばかりではなかったですが、良い経験ができ成長できたと思っています」
「幸せなことばかりではなかった」ーーその言葉の真意について、本人はこう振り返る。
「関東リーグに昇格した1年目は3位になれて、すごく強いチームだなって思っていました。翌年の前期の得点数はリーグ1位だったんですけど、失点数が多くて結局6位。そこで守備を改善しようとなったら、後期は守備的になりすぎて今度は点が取れなくなってきて。
僕自身は攻撃の選手なのでもっと攻撃的にプレーしたい気持ちはありました。今シーズンが始まってからは、選手全員もっとできると思っていたんですけど、なかなか試合に勝てなくて。
その悔しさを込めて『幸せなことばかりではなかった』と書いたんですけど、いろいろ絡んできて、ちょっと変な感じになっちゃって。あの書き方は自分でも反省していますし、もっと違う言い方をすれば良かったなと思っています」

そう反省を口にする宮川だが、渋谷に移籍して迎えた試合では、はやぶさ時代から応援してくれたサポーターの姿があった。学童で働く彼のもとには子供たちや保護者が駆け寄り、笑顔で気さくに応じる宮川のまわりに、自然と人だかりができていく。
それはまるで、サポーターまでもが彼とともに“移籍”してきたかのような光景だった。
「学童に通っていない子たちもはやぶさの試合を観に来てくれて、たくさんファンになってくれたんです。そういう意味でもクラブとしては簡単に僕を出したくなかったんだと思います」
その言葉を裏付けるように、渋谷加入から間もなく、はやぶさ時代のサポーターが彼のために個人横断幕を制作。その後、すぐに彼のXのヘッダー画像はその横断幕の写真へと切り替わった。

サポーターからのあたたかい後押しに感謝しつつ、こんな裏話まで明かしてくれた。
「移籍したのにはやぶさの画像のままではマズイかなって思っていたんです。でも渋谷に移籍してきたばかりのころは、設定できるような写真もあまり持ってなくて。だから翔さん(小泉翔代表)が練習試合の品川戦でストーリーをあげていた写真を勝手にスクショして使っていました!(笑)翔さんには何も言ってないんですけどね。そのあと横断幕が届いたのでそれにしました」
迷いと葛藤の末に決断した移籍。彼の真摯な姿勢はサポーターにもちゃんと伝わっていた。支えてくれる人々の存在が、新天地での挑戦を後押ししている。
子どもたちだけにみせる、もうひとつの顔
大卒1年目にアローレ八王子へ加入した宮川は、はやぶさ1年目までの約3年間、訪問入浴介護の仕事に就いていた。
浴槽を背負って団地の5階まで運ぶこともあり、一件終わるのに1時間近くかかることもあったという。それを多い日には9人分こなすこともあり、まさに体力勝負の日々だった。「いま考えるともう戻れないですね。マジできつかった」と苦笑いするほど、過酷な仕事だった。
その後、はやぶさのチームメイトから誘いを受けたことをきっかけに、学童の仕事を始めた。やがてその学童は、はやぶさのスポンサーにもなり、クラブとの縁を深める存在にもなっていった。
学童で働き始めて約1年半。いまでは「めっちゃ楽しい」と笑顔を見せるほど、日常の一部となっている。
「午後3時から4時の間は公園に行って子供たちと遊ぶんです。みんなで鬼ごっこをするんですけど、僕はひたすら鬼をやらされるので、マジできつい(笑)最近は毎日水鉄砲で遊んでいて、10人ぐらいに集中攻撃されてびちゃびちゃ。終わったら全身着替えてます。でもそれが楽しいんですよね」

そんな宮川が任されているのは、意外にも英語のクラスだ。宮川本人は英語が得意ではなく、周りはネイティブの先生ばかり。そのため自然と“日本語担当”のような役割を担うようになったという。
「僕たちが小学校のときに授業が嫌だったように、やっぱり授業が嫌な子っていっぱいいるんですよ。だから怒るときは怒らないと、言うことを聞かなくなっちゃうので『ちゃんと授業受けなさい』って怒るんです。でも怒りすぎて英語が嫌いになっちゃったら意味がないので、そこの度合いが難しいですね」
そしてふと「写真見ます?」と言いながら、自身のInstagramを見せてくれた。そこには子供たちと一緒に写った写真がずらりと並んでいる。その投稿数も多く、学童の社長からコメントがつくこともあるという。
「本当に学童のお仕事も、子供たちのこともめっちゃ好きなんです。もちろんみんな可愛いですけど、応援に来てくれる子はその中でも、特に可愛く思っちゃう。『瑞希~!』って言いながら試合に来てくれるのがすごく嬉しいです」
ピッチでは見られない、子供たちから愛される“宮川先生”としての穏やかな顔。サポーターであり、教え子でもある子供たちの存在は、彼にとって大きな励みとなっている。
大学時代からの続く縁が、渋谷で再び
渋谷に移籍する前の昨年末、宮川は関東学院大学時代の同期である、鈴木友也と山出旭とともに食事に出かけていた。
互いに所属するチームは違い、ピッチ上では対戦相手としてプレーする。それでも「いつかまた同じチームでやりたい」と話すほど、大学時代からの絆は変わらず続いていた。
「大学時代は寮じゃなくて、みんな一人暮らしだったんですよ。門限もないから、朝練して夕方筋トレと自主練して、夜飯を一緒に食べて、そのあとは荒野行動(バトルゲーム)をして自転車で一緒に帰る。そんな生活をサッカー部みんなで送っていました」
この取材の翌週には鈴木と山出とともに、学生時代にアルバイトをしていた馴染みの店を訪れる予定だという。
サッカー部員が多く働くその店ーー『佐野金』で宮川は3年間そこで働き、部員たちが連れ立って食事に訪れていたことから、「サッカー部の食堂」のような場所になっていた。
「そこに、すずとも(鈴木)と旭もほぼ毎日来てました。旭に関しては、バイトが終わる時間まで一緒にいて、あいつはがめついので無料でご飯食べてましたね。すずともはちゃんとお金払うんですけど、旭は笑ってお金払わないんですよ。でも店長が超優しくていい人だったのでよかったです」

サッカー部とともに過ごす毎日のなかでも鈴木と山出とは何かと一緒にいる時間が多かった。2人の第一印象を尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「旭はなんか……ゴリラ(笑)やっぱり最初は全員『プロサッカー選手になる』って気合いが入っていたんですけど、旭はその中でも一番ストイックでちゃんと上を目指してるんだろうなっていうのが伝わってきました。
すずともは最初、適当なやつだなって思ってたんですけど、3年生ぐらいになってから、今のイメージ通りすごくちゃんとし始めて。1年のときもちゃんとしたんですけど今よりは全然だったので、適当だったっていうイメージでしたね」
社会人となったいまは同じチームメイトとして肩を並べる3人。とはいえ互いに仕事に追われ、練習以外で顔を合わせる時間はそう多くない。それでも、3人のLINEのグループトークは絶えず動いているという。
「最近は毎日話してるかもしれない。旭がくだらないから(笑)この間は、すずともがまだ寝ているときに旭と俺がずっと話してて、起きたときに『うるせえな』って返してきたり。最近は、僕が一番しゃべってるかもしれないです。試合前日には『明日は勝とう』とか言うこともありますけど、基本はくだらない話ばっかりです」

渋谷に加入してからは大学時代の同期の2人や後輩の河波櫻士や伊藤雄教、小沼樹輝(8月にFC ROWDY MORIYAへ移籍)、さらにヴァンフォーレ甲府ユース時代の後輩である渡邉尚樹以外とはほとんど面識がなかった。それでも周囲が話しかけにきてくれたことで、すぐに安心感を覚え、自然と溶け込むことができたという。
「なんかわかんないけど、コッシー(大越寛人)と結構喋ってます。コッシー......好きっすね。あと(青木)竣とか、トキくん(政森宗治)、(志村)滉、ツッチー(土田直輝)、(小関)陽星も話しかけやすいです。
(植松)亮は東京都選抜で一緒だったんですけど、最初僕が入ったとき『久しぶりじゃん』って言ったら『お前なんで来たの?』って返されました(笑)あとこの間は(青木)友佑とミヤ(宮坂拓海)と初めて3人でご飯に行きました。前の試合では(吉永)昇偉がアシストしてくれたり……」
ほとんどチーム全員に及ぶほど次々と名前が挙がってくる。どうやら人見知りとは無縁の性格のようだ。
「最初はあまり自分からグイグイいけなかったんですけど、それでもみんなからめっちゃ声をかけてくれるから、ちゃんとサッカーに集中できたので感謝してます。すごく良い雰囲気のチームだし、みんなともっともっと仲良くなれると思うので、これから頑張ります」

問題児キャラはいまも?
振り返れば、大学時代の宮川はいわゆる“キレキャラ”として知られていた。本気でプロを目指す我の強さのあまり、仲間はもちろん、指導陣や相手チームの選手にまで感情をぶつけてしまうことも少なくなかった。
特に入学当初は、試合に出られない焦りも重なり、紅白戦でゴールを決めても週末の公式戦でメンバーに入れなければ不貞腐れる。その態度をスタッフから咎められ、悔し涙を流すこともあったという。
その負けず嫌いぶりは小学生のころから健在だった。休み時間に遊んでいたサッカーでは、未経験の友達に負けただけでも怒りをぶつけてしまうほどだった。

学生時代から破天荒だった宮川だが、実は2つ上に姉がいるとのこと。すると彼のほうから「お姉ちゃんのエピソード聞きますか?ちょっと長くなりますけど」と話を振ってきた。なんとも面白そうだったので耳を傾けた。
姉とは2学年違いで、学生時代は同じ学校に通っていた。当時の宮川は、姉からものすごく嫌われていたという。
「僕は小学生のとき学年一の問題児で、お姉ちゃんはその真逆でめっちゃ静かでいい子だったんです。それで俺の周りの友達が『あれが瑞希のお姉ちゃんだよ』ってみんなお姉ちゃんに絡んでいくんです。そういうのが本当に嫌だったみたいで。
家に帰ったら『本当に関わらないでくれない?』って言われたこともあるし、学校で俺が話しかけても全部無視されるくらいでした。それが小中の頃はずっと続きましたね」
その後、姉が高校に進学してからは2年間ほど関わらない時期があった。ところが宮川が甲府ユースに進むことになり、その指定の高校が偶然にも姉が通っていた高校だった。
「俺がそこの高校行くってなったら、お姉ちゃんが『マジ嫌だ!』ってめっちゃ泣き始めて。『絶対バレないようにするし、絶対話しかけないから入学させて』ってお願いしたらOKをもらって、なんとか入学できましたね。でも中学も高校も南アルプス市圏内で一緒のメンバーが多かったので、結局すぐバレちゃったんですけど(笑)。
めっちゃ覚えているのが、1年生のときの部活紹介で、お姉ちゃんが軽音部でみんなの前で披露していたときに、仲が良かった野球部だったやつが『瑞希お姉ちゃんー!』って叫んじゃってあとからめっちゃ怒られました」
そんな可愛らしい姉弟エピソードも、いまではすっかり笑い話だ。大人になった現在はすっかり関係は良好で、帰省すれば一緒に出かけたり、頻繁に連絡を取り合うようになった。

とはいえ、思春期の影響もあるにせよ、実の姉からそこまで嫌われてしまう問題児っぷりはなかなかのものだ。
「今でも幼馴染のグループで集まると、『お前はクソガキだった』って言われます。学校でも目立つタイプで、やんちゃでした。小学5年のときには先生を泣かせちゃって、6年でまた同じ先生が担任になったんです。そしたら『1年間週に一度、その週の出来事を親に電話します』って言われて、お母さんに連絡されていましたね」
特に問題がない週でも連絡が届いており、それはまるで電話版の連絡帳のようだ。他にも怖い先生をからかっていたずらを仕掛けるなど、そのやんちゃぶりは枚挙にいとまがなかった。
「高校もいろいろあったんですけど、だんだん丸くなってきていると思います。もう社会人なので、いまでもそんなことしてたらやばいじゃないですか(笑)だからもう大丈夫です。ただ、旭とすずともがいろんな噂を流すから、渋谷でもそう見られそうになっちゃうんです」
その丸くなった背景には、経験を重ねる中で芽生えた大きな心境の変化がある。
「はやぶさのときから、自分が点を取って上の舞台に行くよりも、チームで昇格したい気持ちが本当に強くなりました。去年はJクラブの練習参加に行ってたんですけど合格できなくて。そこで4歳からの夢を諦めましたね。
今年からはプロの夢は一回置いといて、チームの昇格だけを一番に考えるようになりました。だんだんと『チームのために』っていう思いが強くなってきていると思います」

プロへの道を閉じたことで、サッカーに向き合う姿勢は仲間のためへと変化した。そしていま、その思いと同じくらい強く抱いている願望がある。
「なんか良い人ぶって言うとかじゃないですけど、サッカーを置いといたらマジで親孝行したいです。やっぱりすごく親にはお世話になってるし、高校卒業してから実家も年に数回しか帰れてなくて。それでも今年も試合の応援に来てくれるんです。もう昔みたいに若くないのに、本当にずっとよくしてくれて。だから親孝行したいです」
感情のままに突っ走っていた時代を経て、いまでは落ち着きも身につけた。だが、その根っこにある負けん気の強さは変わらない。これからまた、そんな彼ならではの姿が見れると思うと楽しみだ。

自分らしさを信じて、背番号10の“見せどころ”
渋谷に加入すると同時に、いきなり背負うことになった背番号10。自ら希望して選んだその番号は、小学生から高校3年まで、そしてアローレ八王子時代と、これまでのサッカー人生でつける機会が多かった。
特別なこだわりがあるわけではないが、不思議と心が躍る数字であり、直感的に「これだ」と思えた選択だった。
「空き番号の中から希望を聞かれて、『10番がいいです』って言ったら、裕介さん(田中裕介スポーツダイレクター)が笑ってて、翔さん(小泉代表)が『瑞希は10番っぽいから似合ってるよ!』って言ってくれて(笑)
そこからクラブの確認が入って、僕が知ったのは加入後でした。最初入ったときに『10番は瑞希でいきます』っていうLINEが流れて、(決まって)よかったなと思いましたね」
お気に入りであり、エースの証ともなる番号。自然と身が引き締まる思いがあった。
だが加入直後の1~2週間は、夏の暑さもあるせいか自分の良さを出しきれず、「10番なのにこんなんじゃダメだ」ともどかしさを感じていた。
それでも彼はすぐに結果で応えてみせた。加入からわずか3試合で2ゴール2アシストを記録。リーグも終盤に差し掛かるなか、首位で昇格を狙う渋谷にとって大きな補強となり、加入直後からインパクトを残す背番号10の姿に、目を奪われた人も多かっただろう。

「だんだん自分のプレーができるようになってきたら結果もついてきて、チームも良い流れに勝っている。プレッシャーはもちろんありますし、結果を残さないと認めてもらえない。今は良い流れに乗れていますけど、それはたまたまかもしれないので。これからも結果を残し続けられていけたらと思います」
身長167cmと小柄ながら、いかにもドリブラーらしい切れ味鋭い動きでゴール前に迫る。ボールを持てば迷わず仕掛けにかかり、見る者を「おっ」と唸らせる華麗さがある。

この企画名にちなんで「誰にも止められない瞬間」を尋ねたときも、自身のスタイルをこう口にした。
「ゴール前の1対1で勝負する瞬間は、自分の一番の見せどころだと思っています。相手をどうかわして、シュートコースを広げて点を取るかっていうのに夢中になっています。もちろん、周りの動きも見るんですけど自然とそうなっちゃうんですよね。
良いパスが来て、自分の間合いでドリブルし始めたらマジで興奮します。『相手がこっちから来たから、ここでフェイントすれば絶対届かないから……』とか、そういうのをめっちゃ考えてます。
でもよくあるダメな例は、この間のEDO戦の後半も3回ぐらいあったんですけど、ツボ君(坪川潤之)が回ってくれてるけど、俺がもう仕掛けるゾーンに入っちゃって、パス出せばいいところを仕掛けちゃう。そこを直したらもっとチームとして点が取れると思うんですけどね。ツボ君には申し訳なかったので、後からちょっと謝ったんですけど(笑)
はやぶさのときは少し迷いながらプレーしてしまっていた部分があったんですけど、渋谷に来てからはマスさん(増嶋監督)に『勝負しろ』とか『振れ』って言われるので。そこは自分の見せどころなので、使うべきタイミングを見極めて仕掛けたいですし、自分の夢中になる瞬間を信じたいです」

明日は古巣・はやぶさ戦。宮川は契約上出場できず、さらに先日、全治3か月の怪我も発表された。
ピッチに立つ姿を再び見られるのはまだまだ先になりそうだが、それでも復帰したときにはきっと何かを起こしてくれるーーそう期待せずにはいられない。
「自分の結果を残すのもそうですけど、やっぱり勝利が一番大事だと思っています。それでも結果をしっかり出せるように突き詰めるのは、自分の役目。僕はシュートだけじゃなくてアシストも持ち味だと思ってるので、絶対にゴールもアシストもしていきたいです」
最後に聞いた。これだけ早々に結果を残しているが、いまの力は何パーセントか。
「まだまだこれからですね。もっとやらないといけないと思ってます。もう、本当にやるしかないです」

胸を張って、渋谷の顔になったといえるその日まで。背番号10を託されたニューヒーローは、まだまだ飢えている。
これから先、渋谷の新たな象徴として幾度も歓喜を呼び込むだろう。
取材・文 :西元 舞
写真 :福冨 倖希
企画・構成:斎藤 兼、畑間 直英
UNSTOPPABLES バックナンバー
#1 渋谷を背負う責任と喜び。「土田のおかげでJリーグに上がれた」と言われるためにーー土田直輝
#2 頂点を目指す、不屈の覚悟。全ては世界一の男になるための手段ーー水野智大
#3 冷静さの奥に潜む、確かな自信。「自分がやってきたことを発揮するだけ、『去年と変わった』と思わせるために」ーー木村壮宏
#4 這い上がる本能と泥臭さ。サムライブルーに狙いを定める渋谷の捕食者ーー伊藤雄教
#5 問いかける人生、答え続ける生き様。「波乱万丈な方へ向かっていく。それがむしろ面白い」ーー坪川潤之
#6 サッカーが導く人生と結ぶ絆。ボールがくれた縁を、これからも。ーー岩沼俊介
#7 楽しむことを強さに変えて。夢も、欲も、まっすぐに。ーー小沼樹輝
#8 誰かのために、笑顔のために。誇りと優しさが生む頂点とはーー渡邉尚樹
#9 九州で生まれた男の背骨。「やっぱり男は背中で語る」ーー本田憲弥
#10 選手として、父として。見られる過去より、魅せたい現在地ーー渡邉千真
#11 余裕を求めて、動き続ける。模索の先にある理想へーー宮坂拓海
#12 この愛に、嘘はない。激情と背中で示す覚悟の真意とはーー鈴木友也
#13 憧れた側から憧れられる側へ。ひたむきな努力が導く、まっすぐな未来ーー大越寛人
#14 楽しいだけじゃダメなのか?渋谷イチの苦労人が語る「俺は苦しみに慣れちゃってる可能性がある」ーー高島康四郎
#15 かつて自分も”そっち側”だったからこそ、わかる。「もう誰のことも置いていきたくない」ーー志村滉
#16 絶対の自信を纏う、超こだわり屋のラッキーボーイ「必ず俺のところに転がってくる。そう思ってるし、信じてる」ーー青木友佑
#17 SHIBUYA CITY FCに人生を懸けた男「俺をこんなにも好きにさせた、このクラブが悪い!」ーー植松亮
#18 絶対に壊されたくない、やっと思い出せた楽しさ「副キャプテンを降ろさせられるんだったら、それでもいい」ーー楠美圭史
#19 器用貧乏?いや、今は違う「俺の中に神様はもういない」ーー青木竣
#20 考えたからこそ、”あえて”何も考えない「今日もやっちゃおーよ」ーー小関陽星
#21 どんな場所でも、俺はここで貫く「納得いかないことに対しても、納得いくまでやり続ける」ーー佐藤蒼太
#22 渋谷で語る、再びの覚悟とサッカー人生の答え「僕は恵まれている。もう、それしか言えない」ーー吉永 昇偉
#23 フェイクじゃ終われない「もっと突き詰めていれば…」吹っ切れた先に見えた景色ーー河波 櫻士
#24 人として在るべきために、追い求める理想像「本当の意味で、“大きい人”に」ーー積田 景介
#25 「俺が」決める。数奇な29年を経て、背番号9が背負う矜持「もう覚悟は決まっている」ーー政森宗治
SHIBUYA CITY FC
渋谷からJリーグを目指すサッカークラブ。「PLAYNEW & SCRAMBLE」を理念に掲げ、渋谷の多様性を活かした新しく遊び心のあるピッチ内外の活動で、これまでにないクリエイティブなサッカークラブ創りを標榜している。
渋谷駅周辺6会場をジャックした都市型サッカーフェス「FOOTBALL JAM」や官民共同の地域貢献オープンイノベーションプロジェクト「渋谷をつなげる30人」の主宰、千駄ヶ谷コミュニティセンターの指定管理事業など、渋谷区での地域事業活動も多く実施している。
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