
「ハードワーカー」である監督が自ら示し続けるエネルギー。2年連続昇格でも足りなかった「組織をぶち壊す」性格とはーー増嶋 竜也(監督)【UNSTOPPABLES】#29
2025年12月30日
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昨年の関東リーグ昇格に続き今季は関東1部昇格を果たし、二年連続昇格という快挙を成し遂げた渋谷。初挑戦となった関東リーグでは苦戦を強いられる場面もあったが、昇格圏の2位を掴み取り今季のクラブスローガンでもある「WE WON’T STOP」を体現してみせた。
三季連続でチームを率いた増嶋竜也監督は、事あるごとに今季の渋谷を「大人のチーム」であると我々に教えてくれた。精神的に自立し、責任感があり、与えられた役割を全うしていた選手が揃っていたことは間違いなく強みだった。
しかしこの言葉は、賛辞であると同時に今季の課題も示している。「大人」としての成熟は、シーズン序盤においては別の形で作用していた。できすぎた選手たちなはずなのに、なぜ再起するまでに時間がかかったのだろうか。
【UNSTOPPABLES~止められない奴ら~】
昨シーズン、関東2部への昇格を決めたSHIBUYA CITY FC。その栄光の背後には、ただの勝利以上のものが隠されていた。選手たちの揺るぎない自信と勢いは、彼らの人生に深く刻まれた歩みから来ている。勝利への執念、それを支える信条。止まることを知らない、彼らの真の姿が、今明らかになる。
第29回は、二季連続昇格という手腕を振るった増嶋竜也監督。今季のチームづくりを軸に、その手応えと課題、そして次のフェーズを見据えた展望に迫る。
増嶋 竜也(ますしま・たつや)/ 監督
1985年4月22日生まれ。千葉県出身。市立船橋高校からFC東京に加入しプロキャリアをスタート。ヴァンフォーレ甲府、京都サンガF.C.、柏レイソル、ベガルタ仙台(期限付き移籍)、ジェフユナイテッド市原・千葉でプレーし、Jリーグ通算成績は405試合出場26得点(市立船橋高校での天皇杯3試合出場2得点を除く)にのぼる。2020年に現役を引退後、母校・市立船橋高校でコーチを務め、2023シーズンよりSHIBUYA CITY FCの監督に就任。今年12月にはJFA Proライセンスを取得し、2026シーズンも続投が決定。指導者として4年目を迎える来季に、さらなる飛躍が期待される。
後期反転に作用した、ひとつのキーワード
技術やプレーには人間性が表れる、としばしば言われる。だとすれば、「大人のチーム」と掲げてスタートした今季の渋谷には期待しかなかった。クラブ創立10周年という節目に、三度目の正直にして悲願の関東リーグ昇格を果たした昨季の勢い。そこにJリーグ経験者と有望な大卒ルーキーらが加入したともなれば、カテゴリーが一つ上がったことなど、さほど問題にはならないと思わせるだけの材料は揃っていた。
しかし、そう簡単にはいかなかったのも事実だ。前期の成績は3勝4分2敗。4カ月に及ぶプレシーズンを経て迎えた開幕戦・ヴェルフェ矢板戦は引き分けに終わり、続く第2節・東京国際大学FC戦では後半に崩れて逆転負けを喫する。思い描いていたような滑り出しとはならなかった。
そして極めつけは、6月15日の全国社会人サッカー大会関東予選準決勝(以下、全社)。関東1部所属の流通経済大学ドラゴンズ龍ケ崎を相手に0-3で完敗。全社優勝をもう一つの今季目標として掲げていただけに、あの敗戦の重みは小さくなかっただろう。リーグ戦に目を向けても、第6節・EDO ALL UNITED戦で黒星を喫し、第7節・エスペランサSC戦では勝ち点1止まり。流れを変えたい局面で弾みをつけられないもどかしい時期が続いた。

あの停滞期には増嶋監督自身も落胆を隠し切れなかった。時間を置いて当時を振り返ると、その自己評価は厳しい。
「後から『あんな姿を見せてはいけなかったな』と思いましたけど、でもそうなってしまったんです。本当にどうしたらいいかわからなかった。これだけチームがうまくいかないことってなかったので。選手も少し僕のことを疑い出しているのも感じていました」
完成度の高い集団だからこそ、アプローチに苦戦していた。「大人」と「大人」として、どう向き合うのか。悩みに悩んだ。
だが、あの大敗を境に状況は動き出す。夏のリーグ中断期間を経た後期は一転して安定性を増し、第16節・エスペランサ戦で引き分けるまで6連勝を記録。後期成績は8勝1分と、前期の停滞が嘘だったかのように昇格圏へ一気に浮上した。
なぜ一転してここまで変わったのか。あの中断期間に何があったのか。当時の心境を増嶋監督はこう振り返る。
「正直、4位の時点でもう終わったなと思いました。でも順位表を見た時に、2位との勝ち点差が全然離れていなかったんですよ。これは相当『持っているな』と思いました。あそこで引き離されていたら多分無理でしたけど、(首位の)EDOしか抜けていなかったのでミーティングでも上のチームを一つずつ消していけばいい、という話をしました」

そして決定的な転機はごく小さな変化にあった。
とある言葉を、使うのをやめたのである。
「うまくいかなかった時に『さあ、どうしようか』と考えて、今まで当たり前だったことをやめようと思ったんです。『これまで通り』という言葉をなくしました」
ちょうどこの頃、増嶋監督はJFA Proライセンス取得のために講習会に参加していた。2カ月に一度、数日間にわたって行われる講義では、サッカー界に限らず、他競技の代表監督やオーケストラの指揮者など、各分野のリーダーによるマネジメント論を学ぶ機会があったという。その中で低迷期と重なるタイミングで耳にしたのが、日本代表監督・森保一氏の言葉だった。
「森保監督は毎年新しいチームを作り替えていく中で、既存の選手や主力の選手を残しながら新しい選手を加えていきます。その中で、例えば攻撃の練習に入る際に『これまで通り、こういう形でやるよ』と指示をしたら、新しく来た選手から『これまで通りって何ですか?我々にとってはこれまで通りじゃないです』と言われて、ハッとしたそうなんです。だから『これまで通り』という言葉は、選手の前で使ってはいけないと教えられました。
僕自身も『これまで通りこうしよう』って当たり前のように使っていましたが、それって意外と落とし穴なんですよね。よく使いがちな言葉ですけど、一番ダメなんです。なので『これからはこうしよう』『今日からはこうしよう』という言葉に変えました」
既存の選手には停滞を、新戦力には違和感や疑問を生む可能性がある。そのリスクを、無意識の言葉遣いが内包していることに気づいた瞬間だった。ほんのわずかな言い回しが、チームの行方を左右することもある。
「指揮者にもそれぞれ特徴がありますが、それを生かすも殺すも自分次第。ただその前提としてまずは信頼関係がなければいけない。そしてその信頼関係も人それぞれですし、伝え方や求め方を変えていかないとおかしくなってしまうんです」

「大人のチーム」が抱えた盲点
とはいえ「大人のチーム」であれば、言い換えるならば思慮分別のある集団ともいえよう。伝え方にそれほどの労力を割かずとも、指揮官の意図を汲み取り、理解ある者たちが揃っていたはずだ。実際、増嶋監督も彼らを「感情をそこまで出さなくても分かってくれる選手たち」だと評している。
だが、これがまさに落とし穴だった。「大人」だったがゆえの盲点だったのだ。
「だからこそ、チームの迫力や破壊力というのは生まれなかったですね。絶対に何が何でも『俺はあいつに負けない』という気持ちを前面に出して、喧嘩するくらいの集団ではなかった。波風を立てないでやってきたぶん、ポジション争いも激しくなかったですし、『いつかチャンスが来るかな』『いつか使ってくれるだろう』という空気がありました。
『なんで使ってくれないんですか?』と抗議してくるような選手もいなければ、『俺は上のカテゴリーでやりたい』と主張するような選手もいなかった。『渋谷が好き』『みんなで頑張ろう』、そんなような選手が多かったです。もちろんそれ自体はすごくいいんですけど、爆発的なパワーを生み出すかと言われたらそうでもない。一発勝負のトーナメントになったら弱いチームだなと思っていました」
他者を押しのけてまで這い上がる泥臭さや己を削り高みを目指す克己心。「成熟」が必ずしもチームの「迫力」や「爆発力」とイコールではない、ということだ。

そう考えると「迫力」と対極に浮かび上がる要素は「大人しさ」だろう。だが、それは決して否定されるべき性質ではない。内に秘めた熱量の強さや、献身性、理解力はチームを成り立たせる重要な要素でもある。全員が同じタイプである必要はない。むしろ集団の中に、ひとり、ふたりと静かな熱を宿す選手がいることで、かえってバランスは保たれる。
増嶋監督もその点については、「エゴイストが少ないからこそ成り立ってる部分はすごく大きかった。みんな忠実に言われた通りに文句を言わずにやるからできていたところはあると思うんです」と評価を惜しまない。
だがすかさず「でも」と続ける。
「特にミヤ(宮坂拓海)やコシ(大越寛人)あたりが、もう一段階『俺がこうしたいから、こうしてくれ』という主張を出してくれれば、ユニットごとのパワーやエネルギーはもっと生まれると思います。最初から『チームのために、僕ってこのキャラだからね』という立ち位置に入ってしまうから弱くなるんです。
僕はどちらかというと、‟個”のユニットで生まれるエネルギーをたくさん出して、そこからチームにしていきたい。個のエネルギーがあるからこそ、チームがパワーを持つと思っているんです。でも選手たちは、まずは‟チーム”。『チームってこうだよね』『みんなのために走るよ』『みんなのためにいうこと聞くよ』という選手が多かったからパワーが少なかった。エネルギーの作り方、考え方が逆だったんです。
(山出)旭や(植松)亮とかもそうですけど、良くも悪くもチーム愛や渋谷愛が強すぎました。まっすぐな選手は、正直物足りない。ひねくれてるやつのほうが大成しますから。やっぱりズバ抜けていたり、どこか突出していないと難しいですよ」

同じことは政森宗治についても当てはまるという。いまやチーム内では年長組に入り、誰よりも「エゴ」を出せる資質を持つと自他共に認めるだろう。ただし、今季は5ゴールとチーム最多とはいえ、本人にとって納得のいくシーズンであるかと問われれば違うはず。
「トキ(政森)はちょっと削ぎ落とされちゃってますね。チームが好きになっちゃっている。本当はもっと『俺が』っていうタイプなんですよ。だけどそれがまず『チームに』向き出しちゃってるんです。だんだんエゴイストではなくなってきています。トキでさえ、僕に何も言ってこなくなったので。
僕は組織というものをすごく大事にしていますが、その組織をぶち壊す性格が欲しいんです。組織の大枠は僕が作ります。でもその組織は守るけど『ここからは俺の好きなようにやらせてくれ』っていうような突っ走る選手が欲しいんです。絶対パスしないやつとか、絶対シュート撃つような選手がね。
みんなトゲがなくなって、ツルツル丸くなっている。これが僕の悪いところでもありますし、反省しています」
もっとも、その兆しがまったく見られなかったわけではない。後期の大一番のEDO戦では政森が会心の一撃を叩き込んだ。第5節以来のゴールだったが、この衝動が前面に出た場面でもあった。だが重要なのは、単発で終わらせないことだ。
「あれが続いて、そこに対して(吉永)昇偉や(伊藤)雄教といった他の選手が触発されるような相乗効果が生まれたら、もっといいなと思います。
あの瞬間は、‟チーム”って感じがしてすごく良かった。でも一つ上のカテゴリーに行くのであれば、喜べない選手がいてもいいんじゃないかなと。プロってそんなものなので。感情を全部出せって言ってるわけではないけれど、仲間の一発で自分の職がなくなる可能性だってあるんです。そう考えたら普通は喜べない。僕は(現役時代)一切喜べなかったですよ」
当然、その重みを吉永本人も理解しているはずだ。今年6月に期限付き移籍でテゲバジャーロ宮崎から加入し、プロの世界の光と影を身をもって知っている選手である。だが温厚な性格がゆえに、その感情を前面に押し出すタイプではない。その点を増嶋監督も把握したうえで語る。
「そうですね。穏やかだし、周りのことをすごく見ているし、人柄の良さが出ています。プレーをしたらいいものを持ってるし。でも優しさ故に、ですね。
みんな、優しいんですよ。いや、いいんですよ?今年の良さなんですから。でもだからこそ、火がつくのが少し遅かったですね」

そうしたチーム像を踏まえたうえで、今季はシーズンを通して、スタメン組とサブ組を明確に分けないトレーニングを採用した。チーム全体の一体感を優先したこと、そして指揮官自身の強いチーム愛があった。
そしてこの判断は、昨季とは対照的でもある。悲願の関東昇格を懸けたトーナメントを前に、当時はあえてメンバーを線引きし、競争の構図を可視化した。覚悟を促すための決断だった。
「このメンバーで行く、ってはっきりさせないとトーナメントの一発勝負ではおかしくなると思ったんです。そうしたら、もうグッと、爆発的なパワーが出ましたよ。今年は‟みんなで”やったら少し失敗しましたね。でもいい経験になりましたよ、監督としてはね」
どちらの方法が正解だったかは結果論でしか測れない。今季は全社での結果はさておき、リーグ戦に限っていえば、2位以内に入れば昇格できるという条件の中で、実際にその座をつかみ取った。そうした前提に立てば、チーム一丸を重視した今季の判断にも、一定の合理性はあったと言えるだろう。増嶋監督自身も、このケースを一つの材料として学びを得ている。
「どっちの方法もやってみないとわからないんです。『あ、こうなんだな』って思いましたから。やっぱり『優しすぎる監督』ってダメなんだなってね」

チーム愛が生んだ今季の起用
「優しすぎる監督」ーー。
そうだとするならば、来季は厳格さへと舵を切るのか。
ただ、増嶋監督が本来求めていたのは、選手と必要以上に馴れ合わず、評価の基準をピッチでのプレーや振る舞いに寄せること。感情や遠慮が入り込まない距離感でこそ、競争や集中も生まれると考えてきた。
だが、今季はそのスタンスを貫くことができなかった。その要因はシンプルだった。
それは「チーム愛」である。
今季のチームに対して、増嶋監督は「大好きだった」と屈託なく語る。その愛をことごとく話してくれた。
「すごく、みんなのことが好きでした。もう2年やった時点で渋谷には愛着がありましたけど、今年の選手に関しては僕の‟好き”の度合いがズバ抜けていました。『こいつら、いいやつだな』って、素直に愛が湧いてしまったんです。これが良くなかった。なのでチームを離れなきゃいけないとも思っています(笑)」
今季はプロライセンス講習のため練習に顔を出せない時期もあった。本来であれば、物理的な距離が生まれれば、精神的な距離も比例することもあるだろう。だが実際には、その不在期間でさえもチームへの感情が薄くなることはなかった。補って、余りあるほどのチーム愛がそこにはあった。
「(講習から帰ってきて)久しぶりに選手たちと会ったら、嬉しくて握手しちゃいましたからね。それだけ選手たちがチームのために向き合ってくれているなら、僕も少しずつ近づかなきゃいけないなと思ったんです」

その転換の背景には、今季特有の選手構成が大きく影響していた。増嶋監督はここ数年の違いをこう捉えている。
「ここ2年までは、少しひねくれた者がいたり、チームより自分を優先する選手がいましたが、今年は自分を押し殺してまで『チーム』を大事にするマインドの選手が多かったんです。それをすごく感じたので、今年のテーマは『なるべく全員を出して昇格してみせよう』と思ったんです。全員を活躍させて、いいマインド、いいモチベーションにつなげられるように」
もちろん、全員が等しく結果を残したわけではない。思うように出場機会を得られなかった者もいれば、期待に応えきれなかった者もいる。境遇は様々だろう。
それでも増嶋監督が重視していたのは、「誰を、どのタイミングで使えばエネルギーが最大化されるか」という視点だった。その選手がピッチに立つことで、本人だけでなく周囲のモチベーションがどう動くのか。一人ひとりに目を向けながら、起用の意味を見極めていた。
その象徴が、最終節・日立ビルシステム戦だ。現役引退を迎える渡邉千真をラストマッチの場として先発起用し、キャプテンマークを託す。一方でこの試合では、青木竣が古巣・ジョイフル本田つくばFCのホームグラウンドで先発に名を連ね、2ゴールを記録した。個々の物語とチームの結果を同時に成立させる采配だった。
「もし竣が適当な選手だったら、おそらく使っていなかったです。これまで何回かチャンスがあった中で全く結果が出なかったけれど、それでも腐らず最後までやっていました。練習前に一人だけ1時間前から準備している姿も見てたし、そういう見えないところでの努力を形にしてあげたいと思ったんです」

続けて、他の選手にも目をやる。
「寝不足で(志村)滉が頑張ってました。でも漏らさずにやるべきことをやる。トモ(水野智大)も一切『きついです』とは言ってこないけれど、明らかに顔は寝不足だし、メンタルがやられていたのもわかります。それでも、どうにかして食らいついてきてる姿も見えたから、そういう選手の矢印をそのまま生かせられるタイミングっていつなんだろうって探しながら。でも選手って慌てるからさ。『早く使ってください』ってなるんですよ、みんな(笑)。
だから、そこをうまくコントロールして『俺は見てるよ』って言いながら、爆発させたら夏以降に活躍しましたね。滉を最初の頃使っていたけど一回外して、そこから上がってきたとか。あれはちょうど仕事が少し落ち着いたのかなと思ったタイミングで使い出したんです。滉は分かりやすかったですね。
すぐ感情的に矢印が人に向いてる時はあまり良くないので。むしろ黙ってもくもくとやってる時はいいプレーが出ます。(山出)旭も一緒。あえて怒ることもあります」
そうした細やかな判断は、増嶋監督自身の審美眼によるものだろう。あくまで外から見れば推測に過ぎないが、「顔や言葉、振る舞いを見ればわかります」と断言し、その確信は揺るがない。
同様の視点は、後期のEDO戦にも表れていた。試合直前のロッカールームでの円陣の際に、副キャプテンの楠美圭史に事前に促し発言を託したのもその一つ。「圭史の言葉って僕自身も勉強になったし、すごくパワーがあるんですよ。その言葉をうまくチームに落とし込めたら面白いなと思って使いました」と、試合当日の朝から楠美本人に事前に声をかけていた。
第10節・ヴェルフェ矢板戦では、長期離脱の山出旭に向けて鈴木友也の発案による応援Tシャツのサプライズが行われ、試合前に選手全員がそのTシャツを身にまとったのもそうだ。

「やっぱり生き物なので何かそういうのもエネルギーにしたらいいなと思いながらやっています。突き放すことによってエネルギーを出す人もいれば、近づくことによってエネルギーを出す人もいる。その出し方は年ごとに変えないといけないなと思いました。コミュニケーションの仕方だって何が正解かはわからないけれど、選手のキャラクターを見て変えなきゃいけないっていうのは勉強になりました。こういう選手がいるからチームが成り立つし、この選手がいたからブレずにいられた、そう感じる場面もありました」
感情のベクトルを揃え、チームを一つの方向に導く。そのための仕掛けは、チームへの愛と個々の選手に向き合う視点がなければ成立しない。今季の渋谷に施された数々の選択は、その前提に立ったマネジメントだった。
誰よりも「ハードワーカー」に
12月12日、12時30分。
増嶋監督の来季続投のリリースが発表された。
ちょうど取材が始まる直前の出来事だったこともあり、その心境を率直に聞いた。
「次は4年目か」ぽつりと漏らしたその一言に、決断までの逡巡がにじむ。
「人間のサイクルって、だいたい3年くらいなんですよ。僕自身もなんとなく『3年目が最後かな』と思いながらやっていましたし、4年目を続けようかすごく考えました。プロライセンスも取得できたし、どこかのタイミングでJリーグの世界に行かなきゃいけないと思っていたので。だけどいろんな条件と自分のメンタルが揃わなかったんです」
将来的なステップアップを求めながらも、その判断には慎重さが伴っていた。二人の子供をもつ増嶋監督にとって、家族との生活は軽視できない要素だったからだ。拙速な判断ではなく、いまの自分にとって何が最も納得できる選択なのかを見極めようとしていた。
それでも最終的に意思を固めたのは、監督という仕事そのものへの執念だ。
「まだ、もうちょっと監督をやりたかったんです。あとはJFLの出場権を懸けられること。もう戦える場は多くないですからね」
現役引退後はコーチとして現場に立ち続ける一方で、サッカー以外の仕事も経験した。しかしその過程で、現役時代に味わった緊張感や高揚感が、自身の中から薄れていることに気づいた。心身ともに沈むような時期を過ごしていた頃に舞い込んだのが、渋谷からのオファーだった。
「それで『あ、俺ってこういうのを求めてるんだ』って思った時に、この道で生きていこうって決めたんです」
これまで多大なる愛と情熱をチームに注いできた時間と自らが次に進むべきフェーズ。それらを冷静に天秤にかけたうえでの決断だったと言えるだろう。そうした背景を踏まえれば、増嶋監督が4年目続投を選んだことは嬉しい帰結だ。
この記事の企画名にちなんだ質問である「誰にも止められない瞬間」を聞くと「契約した瞬間」と返ってきた。
「渋谷と契約したので、めちゃめちゃテンションが上がっています。もう完全にモードに入っています。やっぱり自分のチームを持った瞬間って、エネルギーが湧きますね。
(来季は)2月スタートなのに、早くやりたいですから。次は何をしようか、どんなミーティングにしようかなと考えています。嬉しくて、家で資料を作り始めているくらい。僕は誰よりもエネルギッシュでいたいと思っていますし、サッカーが好きですから」
言葉の端々から伝わるのは迷いの末振り切ったあとの軽やかさだ。すでに視線は次のシーズンへと向いている。

優しさがあり、結束があり、規律があった今季の渋谷。だが、突き抜けるための「毒」が足りていなかったのも事実だ。秩序の裏に眠っていた「個」のエネルギーを、いかに解放し、どう束ねていくのか。
そうした来季の問いに対し、増嶋監督は自らの姿勢で応えようとしている。
「一貫性として、僕は『自分が一番エネルギーを持ってやろう』って決めています。選手より、スタッフより、誰よりも元気でいようと思っているので。
『一番のハードワーカーであれ』。これが僕のテーマです。
誰よりも一番努力したいし、誰よりも一番働こうと思っています。だからチームに対して『俺よりやれよ』とはまったく思わない。僕が一番やるので大丈夫です」
もし、その背中を誰かが超えたらどうするのか。そう問いかけると、間髪入れずに返ってきた言葉は自信たっぷりだった。
「そしたら僕もそれを超えますから。自分が一番苦労しようと思っています」

今季の課題でもあった迫力とパワー。その不足を誰かに委ねるのではなく、まずは自分が体現していくという意思表示。そのエネルギッシュさと熱量は、やがてチームにも伝播していくだろう。
UNSTOPPABLES. 誰にも止められない集団を作り上げたのは、「誰よりも止められない」覚悟を追い求め続ける、監督自身にほかならない。
取材・文 :西元 舞
写真 :福冨 倖希
企画・構成:斎藤 兼、畑間 直英
UNSTOPPABLES バックナンバー
#1 渋谷を背負う責任と喜び。「土田のおかげでJリーグに上がれた」と言われるためにーー土田直輝
#2 頂点を目指す、不屈の覚悟。全ては世界一の男になるための手段ーー水野智大
#3 冷静さの奥に潜む、確かな自信。「自分がやってきたことを発揮するだけ、『去年と変わった』と思わせるために」ーー木村壮宏
#4 這い上がる本能と泥臭さ。サムライブルーに狙いを定める渋谷の捕食者ーー伊藤雄教
#5 問いかける人生、答え続ける生き様。「波乱万丈な方へ向かっていく。それがむしろ面白い」ーー坪川潤之
#6 サッカーが導く人生と結ぶ絆。ボールがくれた縁を、これからも。ーー岩沼俊介
#7 楽しむことを強さに変えて。夢も、欲も、まっすぐに。ーー小沼樹輝
#8 誰かのために、笑顔のために。誇りと優しさが生む頂点とはーー渡邉尚樹
#9 九州で生まれた男の背骨。「やっぱり男は背中で語る」ーー本田憲弥
#10 選手として、父として。見られる過去より、魅せたい現在地ーー渡邉千真
#11 余裕を求めて、動き続ける。模索の先にある理想へーー宮坂拓海
#12 この愛に、嘘はない。激情と背中で示す覚悟の真意とはーー鈴木友也
#13 憧れた側から憧れられる側へ。ひたむきな努力が導く、まっすぐな未来ーー大越寛人
#14 楽しいだけじゃダメなのか?渋谷イチの苦労人が語る「俺は苦しみに慣れちゃってる可能性がある」ーー高島康四郎
#15 かつて自分も”そっち側”だったからこそ、わかる。「もう誰のことも置いていきたくない」ーー志村滉
#16 絶対の自信を纏う、超こだわり屋のラッキーボーイ「必ず俺のところに転がってくる。そう思ってるし、信じてる」ーー青木友佑
#17 SHIBUYA CITY FCに人生を懸けた男「俺をこんなにも好きにさせた、このクラブが悪い!」ーー植松亮
#18 絶対に壊されたくない、やっと思い出せた楽しさ「副キャプテンを降ろさせられるんだったら、それでもいい」ーー楠美圭史
#19 器用貧乏?いや、今は違う「俺の中に神様はもういない」ーー青木竣
#20 考えたからこそ、”あえて”何も考えない「今日もやっちゃおーよ」ーー小関陽星
#21 どんな場所でも、俺はここで貫く「納得いかないことに対しても、納得いくまでやり続ける」ーー佐藤蒼太
#22 渋谷で語る、再びの覚悟とサッカー人生の答え「僕は恵まれている。もう、それしか言えない」ーー吉永 昇偉
#23 フェイクじゃ終われない「もっと突き詰めていれば…」吹っ切れた先に見えた景色ーー河波 櫻士
#24 人として在るべきために、追い求める理想像「本当の意味で、“大きい人”に」ーー積田 景介
#25 「俺が」決める。数奇な29年を経て、背番号9が背負う矜持「もう覚悟は決まっている」ーー政森宗治
#26 人生を変える覚悟を胸に。背番号10を背負う渋谷のニューヒーロー「まだまだこれから」ーー宮川瑞希
#27 「自分の情熱を捧げられる仕事に」父からの教えを胸に、10年前に芽生えた夢を追いかける22歳「それが達成できたらもう、死んでもいいくらい」ーー 角野天笙(主務)
#28 「渋谷は脳汁が出るような楽しさ」熱狂の再現性を求め、ファインダーの向こうに広がる野望「クリエイティブチーム側から“渋谷の試合”を」ーー福冨倖希(フォトグラファー)
SHIBUYA CITY FC
渋谷からJリーグを目指すサッカークラブ。「PLAYNEW & SCRAMBLE」を理念に掲げ、渋谷の多様性を活かした新しく遊び心のあるピッチ内外の活動で、これまでにないクリエイティブなサッカークラブ創りを標榜している。
渋谷駅周辺6会場をジャックした都市型サッカーフェス「FOOTBALL JAM」や官民共同の地域貢献オープンイノベーションプロジェクト「渋谷をつなげる30人」の主宰、千駄ヶ谷コミュニティセンターの指定管理事業など、渋谷区での地域事業活動も多く実施している。
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